御聖訓 令和8年 8月度

中興入道御消息(なかおきにゅうどうごしょうそく)
(弘安二年十一月三十日 五十八歳御述作)
 
 過去の父母も彼(か)のそとば(卒塔婆)の功徳(くどく)によりて、天の日月(にちがつ)の如く浄土(じょうど)をて(照)らし、孝養(こうよう)の人並(なら)びに妻子は現世(げんぜ)には寿(いのち)を百二十年持(たも)ちて、後生(ごしょう)には父母とともに霊山浄土(りょうぜんじょうど)にまいり給(たま)はん事(こと)、水す(澄)めば月うつ(映)り、つゞみ(鼓)をう(打)てばひゞ(響)きのあるがごとしとをぼしめし候(そうら)へ等云云。此(これ)より後々(のちのち)の御(おん)そとば(卒塔婆)にも法華経の題目を顕(あら)はし給え。

(御書1434頁8行目-11行目)

<通釈>
 過去に亡くなった父母も、この塔婆の功徳によって、天の日月のように浄土を照らし、孝養を行う人や妻子は、現世では寿命を百二十年まで延ばし、来世には父母とともに霊山浄土へ参られることは、水が澄めば月が映り、鼓を打てばその響きが返ってくるように確かなことであると思いなさい。ゆえに、これから後々に建立する塔婆にも、法華経の題目を書き顕しなさい。

御聖訓 令和8年 7月度

聖人知三世事(しょうにんちさんぜじ)
(文永十一年十一月 五十三歳御述作)

 後(ご)五百歳(ごひゃくさい)には誰人(たれびと)を以(もっ)て法華経の行者と之を知るべきや。予(よ)は未だ我が智慧を信ぜず。然(しか)りと雖(いえど)も自他(じた)の返逆(ほんぎゃく)・侵逼(しんぴつ)、之(これ)を以て我が智を信ず。敢(あ)へて他人の為(ため)にするに非(あら)ず。又(また)我が弟子(でし)等之を存知(ぞんち)せよ。日蓮は是(これ)法華経の行者なり。不軽(ふきょう)の跡(あと)を紹継(しょうけい)するの故(ゆえ)に。軽毀(きょうき)する人は頭(こうべ)七分(しちぶん)に破(わ)れ、信ずる者は福(ふく)を安明(あんみょう)に積まん。

(御書748頁9行目-11行目)

<通釈>
 後の五百歳には、誰が法華経の行者であると知るべきか。私はいまだ自分の智慧を信じるものではないが、自界叛逆難・他国侵逼難(の的中)をもって、自らの智慧を信ずるのである。あえて他人には示さないが、我が弟子達は、このことをよく心得なさい、日蓮は法華経の行者であると。不軽菩薩の化導を承継しているからである。軽んじそしる人は頭が七つに破れ、信じる者は福徳を須弥山のように高く積むであろう。

御聖訓 令和8年 6月度

可延定業御書(かえんじょうごうごしょ)
(文永十二年二月七日 五十四歳御述作)

 夫(それ)病(やまい)に二(に)あり。一(いち)には軽病(けいびょう)、二(に)には重病(じゅうびょう)。重病すら善医(ぜんい)に値(あ)ひて急に対治(たいじ)すれば命(いのち)猶(なお)存(そん)す。何(いか)に況(いわ)んや軽病をや。業(ごう)に二あり。一には定業(じょうごう)、二には不定業(ふじょうごう)。定業すら能(よ)く能く懺悔(さんげ)すれば必ず消滅す。何に況んや不定業をや。法華経(ほけきょう)第七(だいしち)に云(い)はく「此の経は則(すなわ)ち為(こ)れ閻浮提(えんぶだい)の人の病の良薬(ろうやく)なり」等云云。

(御書760頁2行目-4行目)

<通釈>
 そもそも病には二つある。一つは軽病、二つには重病である。重病ですら善い医者に値い、直ちに治療すれば命を長らえることができる。まして軽病ならばなおさらのことである。また、業にも二種類ある。一つに定業、二つには不定業である。(重い)定業ですらよく懺悔すれば必ず消滅できる。どうして(軽い)不定業が消滅できないことがあろうか。法華経第七には「此の経は則ち為れ閻浮提の人の病の良薬なり」等と説かれている。

御聖訓 令和8年5月度

秋元御書(あきもとごしょ)
(弘安三年一月二十七日 五十九歳御述作)

 器(うつわ)に四(よ)つの失(とが)あり。一(いち)には覆(ふく)と申してうつぶけるなり。又はくつがへす、又は蓋(ふた)をおほふなり。二(に)には漏(ろ)と申して水もるなり。三(さん)には汗(う)と申してけがれたるなり。水(みず)浄(きよ)けれども糞(ふん)の入(い)りたる器の水をば用(もち)ふる事なし。四(し)には雑(ぞう)なり。飯(はん)に或(あるい)は糞、或は石(いし)、或は沙(すな)、或は土(つち)なんどを雑(まじ)へぬれば人食(く)らふ事なし。器は我等(われら)が身心(しんしん)を表(あら)はす。我等が心は器の如し。口も器、耳も器なり。

(御書1447頁5行目-8行目)

<通釈>
器に四つの欠陥がある。一つは「覆」といって伏せること。または逆さにする、または蓋を覆うこと。二つは「漏」といって水が漏れること。三つは「汗」といって汚れること。水がきれいでも糞の入った器の水を使うことはできない。四つは「雑」。飯にあるいは糞、あるいは石や砂、土などを混ぜたならば人が食べることはできない。器は私達の身心を表している。私達の心は器のようであり、口も器、耳も器である。

御聖訓 令和8年4月度

曾谷入道殿許御書(そやにゅうどうどのもとごしょ)
(文永十二年三月十日、五十四歳御述作)

 仏の滅後(めつご)に於て三時(さんじ)有り。正像(しょうぞう)二千余年(にせんよねん)には猶(なお)下種(げしゅ)の者有り。例(れい)せば在世(ざいせ)四十余年(しじゅうよねん)の如し。根機(こんき)を知らずんば左右(そう)無く実教(じっきょう)を与(あた)ふべからず。今は既に末法に入(い)って、在世の結縁(けちえん)の者は漸々(ぜんぜん)に衰微(すいび)して、権実(ごんじつ)の二機(にき)皆(みな)悉(ことごと)く尽きぬ。彼(か)の不軽菩薩(ふきょうぼさつ)、末世(まっせ)に出現して毒鼓(どっく)を撃(う)たしむるの時なり。

(御書778頁15行目-17行目)

<通釈>
仏の滅後に三時ある。正法・像法の二千余年には(過去世に)下種を受けた者がいた。たとえば在世四十余年(の衆生)のようなものである。衆生の機根を考えないで、むやみに実教を与えてはならない。今はすでに末法時代に入り、釈尊在世に結縁した者は次第に少なくなり、権実の二機の衆生は悉くいなくなった。彼の不軽菩薩が、末法に出現し毒鼓を撃つ時である。

御聖訓 令和8年3月度

阿仏房尼御前御返事(あぶつぼうあまごぜんごへんじ)
(建治元年九月三日、五十四歳御述作)

 法華経を持(たも)ち信ずれども、誠(まこと)に色心相応(しきしんそうおう)の信者、能持此経(のうじしきょう)の行者はまれなり。此等(これら)の人は介爾(けに)ばかりの謗法(ほうぼう)はあれども、深重(じんじゅう)の罪(つみ)を受くる事はなし。信心はつよく、謗法はよはき故(ゆえ)なり。大水(だいすい)を以(もっ)て小火(しょうか)をけ(消)すが如(ごと)し。

(御書905頁10行目-11行目)

<通釈>
法華経を持ち信じていても、誠に色心相応の信者、能持此経の行者はまれである。これらの人々はわずかな謗法があっても深重の罪を受けることはない。信ずる心は強く、謗法は弱いゆえである。譬えば大水をもって小火を消すようなものである

御聖訓 令和8年2月度

弁殿尼御前御書(べんどのあまごぜんごしょ)
(文永十年九月十九日、五十二歳御述作) 

 第六天(だいろくてん)の魔王(まおう)、十軍(じゅうぐん)のいくさをを(起)こして、法華経の行者(ぎょうじゃ)と生死海(しょうじかい)の海中(かいちゅう)にして、同居穢土(どうごえど)をと(取)られじ、うば(奪)はんとあらそう。日蓮其(そ)の身にあひあ(当)たりて、大兵(だいひょう)をを(起)こして二十余年(にじゅうよねん)なり。日蓮一度もしり(退)ぞく心なし。しかりといえども弟子(でし)等・檀那(だんな)等の中に臆病(おくびょう)のもの、大体(だいたい)或(あるい)はを(堕)ち、或は退転(たいてん)の心あり。尼ごぜんの一文不通(いちもんふつう)の小心(しょうしん)に、いまゝでしり(退)ぞかせ給はぬ事申すばかりなし。

(御書686頁8行目-11行目)
<通釈>
 第六天の魔王は、十種の魔軍を起こして、法華経の行者と生死海の海中にあって、凡聖同居の穢土をとられまい、奪おうと争っている。日蓮は法華経の行者として、大兵を起こして戦うこと二十余年である。日蓮は一度も退く心はない。しかし弟子等・檀那等の中で臆病の者は、大方ある者は退き、ある者は退転の心がある。尼御前が一文不通の心弱い身でありながら、今まで退転しなかったことは、言い尽くせないほど立派である。

御聖訓 令和8年 1月度

生死一大事血脈抄(しょうじいちだいじけちみゃくしょう)
(文永九年二月十一日 五十一歳御述作)

 相構(あいかま)へ相構へて強盛(ごうじょう)の大信力(だいしんりき)を致(いた)して、南無妙法蓮華経臨終正念(りんじゅうしょうねん)と祈念(きねん)し給(たま)へ。生死一大事(しょうじいちだいじ)の血脈(けちみゃく)此(これ)より外(ほか)に全(まった)く求むることなかれ。煩悩即菩提(ぼんのうそくぼだい)・生死即涅槃(しょうじそくねはん)とは是(これ)なり。信心(しんじん)の血脈なくんば法華経を持(たも)つとも無益(むやく)なり。

(御書515頁1行目-3行目)

<通釈>
 くれぐれも強盛の大信力を起こして南無妙法蓮華経臨終正念と祈念しなさい。生死一大事の血脈は、これより外にまったく求めてはならない。煩悩即菩提・生死即涅槃とはこのことである。信心の血脈がなければ、法華経を受持しても無益である。