御聖訓
令和8年(2026年)7月度 御報恩御講拝読御書
聖人知三世事(しょうにんちさんぜじ)
(文永十一年十一月 五十三歳御述作)
後(ご)五百歳(ごひゃくさい)には誰人(たれびと)を以(もっ)て法華経の行者と之を知るべきや。予(よ)は未だ我が智慧を信ぜず。然(しか)りと雖(いえど)も自他(じた)の返逆(ほんぎゃく)・侵逼(しんぴつ)、之(これ)を以て我が智を信ず。敢(あ)へて他人の為(ため)にするに非(あら)ず。又(また)我が弟子(でし)等之を存知(ぞんち)せよ。日蓮は是(これ)法華経の行者なり。不軽(ふきょう)の跡(あと)を紹継(しょうけい)するの故(ゆえ)に。軽毀(きょうき)する人は頭(こうべ)七分(しちぶん)に破(わ)れ、信ずる者は福(ふく)を安明(あんみょう)に積まん。
(御書748頁9行目-11行目)















































